○○茶の日記帳~わがまま 気のまま 茶のジョーク~

アイドルとロックバンドのライブをこよなく愛する茶のブログです。ライブやイベントのレポートが主体なのでリアルタイム更新は殆どありませんが、緩くお付き合いいただけると幸いです。

春はまだか〜復興の歩み・仙台-東京 常磐線の旅〜

前日のザ・50回転ズのライブを終えて仙台で迎えたこの日の朝。一日お休みなのでのんびりと帰る事にします。
行きは時間の都合で東北新幹線であっという間に辿り着いたのですが帰りは急ぐ訳でもない。久々に旅気分を味わいたいのでのんびりと在来線で帰ることにします。

仙台から東京まで、鈍行列車で帰るとしたら東北本線経由が代替手段の選択肢も含めて安パイなのですが、この区間にはもう一つのルート・常磐線があります。
東北本線と並行する区間を除くと正確には日暮里〜岩沼間の常磐線。仙台以南では比較的内陸部を走る東北本線と比べ、沿岸部を走る部分も多い常磐線
2011年の東日本大震災で大きな被害を受け、あれから6年が経過した今現在も未だに全線開通には至っておりません。
津波の被害の大きかった宮城県南部〜福島県北部、また茨城県北部は高台への移転も含めて復興が進み、仙台からのルートは福島県浪江駅まで、東京からのルートは
同じく福島県富岡駅までが本年10月までに鉄道での運転再開となりました。
残る浪江〜富岡間は福島第一原発の事故により帰還困難区域に指定されているため現在も復旧には至っておらず、2020年の完全復旧を目指し作業が進められています。
この区間代行バスによって繋がれたため、鉄道でのルートはありませんが常磐線経由でも東京〜仙台間が結ばれたことになりました。
なので、震災の復興の現状をこの目で確かめるべく、久々に常磐線に乗ってみる事にしました。

浪江〜富岡間の代行バスは本数が少ないのでまずはここを基準に旅の行程を組み立てた結果、仙台8:13発の列車で移動しなければなりません。
朝早いのは辛いですが前日早めに寝たのでバッチリ起きられました。お世話になった宿には朝食バイキングがありましたが折角仙台に来たので半田屋で朝食を食べたかったので早めの出発。

東北に来たら半田屋に行きたくなるのはなぜでしょうね?(*^_^*)

ついつい色々頼み過ぎて朝からガッツリ食べてしまったw

半田屋で755円は食べ過ぎですな(;´Д`)

さてお腹もいっぱいになった所で旅をはじめましょう。仙台駅8:13発の常磐線に乗車。


仙台側からは津波の被害による高台移転等も含んで2017年4月に浪江までの区間が開通しました。系統分割されてる原ノ町行きの列車に乗るのも久々だったなぁ。
数年前に常磐線に乗った時はまだ仙台側は亘理までしか復旧していませんでした。あの時は亘理から相馬までは国道経由の代行バスで移動。
相馬と原ノ町の間だけピストン輸送していた列車に乗り継いだなぁ。
まだまだ被災した建物等の片付けが完全に終わってない風景が遠くに見えたのを覚えています。
あれから4年くらいたったかな。鉄路が繋がったのはファンとして嬉しく思いますね(*^_^*)

原ノ町行きの常磐線は6両編成での運転。途中まで混んでるかな?と思ったけどガラガラでしたw
仙台エリアの通勤事情は良く分かってないけどやはり仙台方面へ向かう通勤の流れなんですね。対向の下り列車はめっちゃ混んでたし。
列車は順調に進み岩沼へ。

ここからは東北本線と別れいよいよ常磐線区間へと入ります。

常磐線になるとしばらくは単線区間。一気にローカル線へと風景を変えます。
亘理を出ると久々に、震災後は初めて鉄道で旅する区間浜吉田を出発すると駒ヶ嶺駅までは震災後に敷かれた新しいルートに入ります。

山下駅

坂元駅。

そして津波で被災し原形をとどめないほどに破壊された列車で有名になった新地駅

元々は国鉄時代の名残がある様な田舎のローカル駅だったのですがこの区間は高架化され立派な駅へと変貌を遂げてました。
坂元駅もでしたがバリアフリーも充実。
駅が壊滅したり場所が移転した結果便利な設備になると言う、何とも皮肉な結果でした。
特急列車も停まらない*1田舎のローカル駅には十分すぎる設備。これを利用してくれる人が戻って来てくれるのを願わずにはいられませんでした。

前日の夜に仙台で初雪が降ったと言う事で沿線の田んぼにはうっすらと白いものが。

これ、霜じゃないよね。残った雪だよね。

さて駒ヶ嶺駅に到着する頃にはやたら豪華な高架区間は終了。

常磐線はこの駒ヶ嶺駅の少し手前から従来のルートに戻ります。なのでここからは再びローカル線の風景に戻ります。
のんびりとした風景に心落ち着いたのか、前日の寝不足もあって居眠りしている間に相馬を出てたw ボチボチ降りる支度をしつつ、終点の原ノ町駅へ。

前回来た時はこの先の常磐線は復旧しておらず、いわき方面に抜ける代替手段も無かったので福島駅までの路線バスで帰ったなぁ。
原ノ町駅の電留線にはスーパーひたちとして使用されていた651系普通列車として使用されていた415系の2編成が放置されていたのですが、
2編成とも廃車解体となり今ではその姿はありません。

自分が訪れた時既に老朽化して見るも無残な光景を晒していたのですが、もう当時の面影は無く。
震災当時の面影が無くなっていくのを「復興」として前向きに捉えるのがいいのかなと改めて感じました。

さて原ノ町からは浪江行きの列車に乗り換え。

2両編成のローカル列車。乗客は3人だけでしたw
浪江行きは定刻通りに原ノ町を出発。途中駅でギリギリに来た乗客を待って1分遅れ。発車時間を過ぎても出発しないで待ってるのがローカル線の暖かさですね(*^_^*)
これ乗り遅れたら次の列車2時間後だしね。飛び乗って来た女性、終着駅で乗務員さんに深々とお礼していました。微笑ましい光景にほっこり。
そんなこんなで列車は終点の浪江駅に到着。

ここから先は原発事故で帰還困難区域になっているので列車の復旧はまだまだ先。東京オリンピックが開催される頃には開通するらしいですがどうかな。

浪江駅は3番線のみを使用。使わない線路を渡れる駅改札まで仮設の通路が設置され、それ以外の部分には入れない様、跨線橋を含め閉鎖されておりました。

駅の規模からしてもこの辺りの駅では比較的乗降客数も多かったであろう主要駅に見えますが、駅周辺には人影は無く。

避難指示が解除になり、立ち入りの制限がなくなったとしても街に人が戻ってくるのはまだまだ先になりそうでした。

駅の窓口も営業時間が限られていました。

券売機も電源が付いてなかった。

まだ暫定的な運転再開なんで列車の本数も少ないのですが、

列車の走っている時間帯に空いてない窓口は果たして意味があるんでしょうかね?w

駅前にあった記念碑。

「ここに立てば曲が流れます」となってたけど曲は流れなかったw
その隣には空間放射線量の表示器も。

この時は機能してなかったけどもう必要ないってことなのかな。こんなの機能しなくてもいい状況に早く復興すればいいんですけどね。

さて浪江駅から先の富岡までの区間は鉄路での復旧はまだまだ先。帰還困難区域を挟むのでここからは代行バスのお世話になります。

代行バスは時刻通りに浪江駅を出発。乗客は自分を含め4名。到着したバスからは団体さんが降りて来たけどこの時間に富岡へ向かう人は少ないんだな。
浪江駅を出ると早々に見えて来たのは「あの日から時が止まったままの街並み」でした。

田舎町とは言えそれなりに発展していた駅前に住民の影は無し。
たまに見かける人は除染か調査をする作業員のみ。

国道に出ると更に街の風景は寂しさを増します。

すれ違う車は大半が作業を行うダンプなど工事用車両。たまにパトカー。

それ以外は殆ど見かけません。まぁ帰還困難区域だから用の無い人の立ち入り自体が制限されてますからね。
ニュースなどで話には聞いていて知っていたこの街の現状ではありますが、実際に「帰還困難区域」の文字を見ると胸が痛みましたね。

民家の入口にも鉄柵で立ち入り出来ない様に規制されていたり、

通りに見えるお店の店内は天井が崩れ落ちたまま放置されてたりして、本当にあの日のまま時が止まっていました。


この様に「時が止まったままの街」の光景は何年か前に常磐線の旅をして原ノ町から福島へ抜ける道中の川俣村、飯館村でも見ましたがやはり胸が痛みます。
その時に見た地域の大部分は今では避難指示が解除された様ですが、原発に近い今回通った地域は6年半がたった今でも帰還困難区域のまま。
完全なる復興はまだまだ先になりそうで、気の遠くなる話ではありますが復興に向けて沢山の人々が日々努力されているのを見たら少し勇気づけられました。
東京電力のエリアに住み福島原発のお世話になっていた者としては申し訳ない気持ちになりますし、一刻も早い復興を心から願うばかりです。

双葉町大熊町は帰還困難区域に指定されているので本当に住民の影は無かったのですが、富岡町に入り帰還困難区域を出ると徐々に街に活気が戻ってきました。
ショッピングセンターも営業していて人々の日々の生活が戻って来ている感じに少し安心。バスは程なくして富岡駅に到着しました。

浪江駅から富岡駅まで予定通り30分で到着。あっという間だったなぁ。
色々思う事はありましたが、願う事はただ一つ。「いつかまたこの地に人々の暮らしが戻ってきますように。」 ただそれだけです。

さて富岡駅からは再び列車の旅に戻ります。富岡駅は海沿いにあるため、東日本大震災では津波の被害によって駅舎の流出など甚大な被害の出たところ。
先に紹介してしまいますが、駅の改札を入って跨線橋から見ても海が近いことが分かります。

富岡駅より海側の地域はまだ復興途上。震災の前の在りし風景の復興にはまだまだ時間がかかりそうですね。

綺麗に復興された富岡駅ですが、利用者の姿はまだまだまばら。
駅周辺も甚大な被害を受け、まだ復興途上。避難指示が解除されてからそれほど日も経ってないので建物も少なく、利用者は周辺の住民と言うよりは乗り継ぎ待ちの人が多い印象でしたね。

富岡駅の営業再開に合わせ、コンビニとイートイン設備が併設された「さくらステーションKINONE」の営業が始まりました。


少し離れてますが海を眺めながら食事が出来そう。今はまだ工事のバリケードが邪魔ですが、海側の復興が進んだらいい景色が見られるかもですな(*^▽^*)

富岡駅の券売機は営業していたのでこの先に乗る列車の切符を買ってみたり。

一駅で勿体ないけど時間の都合で乗ることにしたw 安くは無いけどまぁこれも復興支援になると思えば(*^_^*)

さて富岡駅からはいわき行きの列車に乗り換え。

折り返し列車の到着が早かったので駅長さんに「もう乗ってもいいですか?」と聞いたら「どうぞ」との事だったんで改札を通って列車へ。

待っていたのは何と651系でした!(゚∀゚)

これはかつて常磐線特急「ひたち」号で使われていた車両。新型置き換えで余っちゃったんでしょうなw
いわき〜富岡間の普通列車に充当されたと聞いてはいましたがこの時間に回ってくるとは思ってなかったので、優等車両好きな鉄ヲタとしてはなんか嬉しい(^O^)

車内は(端席以外)全席ボックスシートにして好きに座ってくれと言わんばかりの贅沢な仕様w

到着した列車からはこれまた団体さんを含め結構な人数が降りて行きましたがいわき行きに乗っていく人はまばらでしたな。

出発まで時間があるので少し写真を撮ってみた。富岡駅から仙台方を眺めてみる。

ここから下り方面への復興はまだまだ先。「仙台行き」の列車が出発する様になったらまた来たいですな(*^_^*)

下り方から見た富岡駅。

駅設備が近代的にリニューアルされるのは田舎の駅ではなかなか無いことなので、皮肉な結果ながらも良かったのかな。

改めて海側を眺めると復興に向けた工事は進みます。

フェンスには在りし日の風景が紹介されておりました。この光景が再び戻って来てくれるのを願うばかりです。

さてそろそろ出発時間になったので列車に戻ります。いわき行きは定刻通りに富岡駅を出発。
ここからの風景も実にのどかな田園風景…だったのでしょうね。


津波の被害が大きかったこの辺りは民家もまばら。田んぼも多いのですが休耕田が多く寂しく思いました。
住民が居なくなってしまったのもあるんでしょうけどこの辺りの田んぼは津波の海水による塩害も大きかったのでしょうね。
土壌をひっくり返して塩害対策を行っている田んぼも多く見られました。この地域にもいつの日か緑の田園風景が復活するといいなぁ(*^_^*)

そんなことを願いながらも温かい列車内で居眠りこいてたら久ノ浜へ。

自分が学生の頃、電車が好きで時刻表を眺めて居たら夕方に上野からの普通列車で久ノ浜行きとか出てたなぁと思い出してしみじみ(*´з`)
まだ学生だったので乗ったことは無いですけどね。415系電車が走ってた頃の話です。

そして列車は定刻通りにいわき駅に到着。

ここで普通列車へは乗り継ぎ40分ほど空くのですが、この先の目的地での時間を作りたかったがために特急ひたち14号に乗ることにします。

目的地は湯本。特急で一駅なので勿体ないけど仕方なし。路線バスとかあったらそれでも良かったんだけどねw
わずかな時間ながらもスマホのバッテリーを回復させるべくコンセントを使って充電w

数%回復出来たからこれだけでも特急料金払った価値はあったかな(*´з`)

いわきから特急列車で一駅。わずか5分で目的地である湯本駅に到着!

せっかくこの辺まで来たのでひとっ風呂浴びていきましょう(=゚ω゚)ノ
改札内にも足湯がありますね♪


湯本駅に来るのも久々だなー。前回来た時はこんなにきれいな駅じゃなかったなw
常磐線のターミナルとして栄えているのはいわき駅の方ですが、いわき湯本温泉への拠点はやはりこちら湯本駅になります。
スパリゾートハワイアンズに行くバスもココ湯本から出てるしね(*^_^*)
ここから東京へ戻る列車までの約2時間、しばし観光タイムと行きましょう♪

まずはランチタイム。事前に調べていて気になっていた駅前の食堂へと向かいます。
名前にそそられた、その名も「びっくり食堂」

なにが「びっくり」するのかとても気になっていたのですが、残念なお知らせが(>_<)

定休日じゃないけどランチやってなかったorz お店の都合でしょうね。やむなし( ;∀;)
気を取り直して駅前を歩いているとよさげなお店を発見。

芸能人も多数来店との事ですが、

ワンコインランチに惹かれて入店しましたw

中に入ってみるともうすぐ13時だと言うのに大盛況。「時間かかりますよ」との事だったけどまぁ急ぐことも無いので待つ事に。
夜は飲み屋になりそうな雰囲気のカウンターでランチを食べる人々。切り盛りしてるの2人と板さんだったから手が回ってない感じだったかなw
まぁでもワンコインで食べられるのなら助かりますね♪

何にするか迷ったけどとんかつ定食を注文。本当に15分くらい待ったけどようやく出て来ました(/・ω・)/

仕事の時に行く某所の社員食堂よりはほぼ同じ価格でもいい感じ。美味しかったっす♪
店内には芸能人のサインも沢山。会計した時に気づいたけど地元のご当地アイドルも来てるんですね。さすが(^O^)

お腹いっぱいになった所で本来の目的である温泉へ。今回も駅前にある公衆浴場「みゆきの湯」でひとっ風呂です(*´Д`)


平日の真昼間にしてはやけに人が多くてビックリ!( ゚Д゚) うちの地元もだけど、自営業の多い田舎はこんなもんかな?
一仕事終えて汗を流しに来た漁師や農家の男、って感じでしたしね。いい湯でした(*^▽^*)
風呂上がりのコーヒー牛乳はなぜおいしいのでしょう?(・∀・)

福島と言えば酪王。今日もおいしくいただきました♪

さてボチボチ帰りの電車の時間。湯本駅に戻って列車を待ちます。

湯本駅から乗り込むのは14:24発の特急ひたち18号。これで東京駅まで移動します。

前日に仙台駅で空席状況を見た時はまだガラガラだった列車もいざ乗ってみると窓側が埋まりボチボチ相席になる混み具合。
自分の隣も水戸辺りから乗ってくるのかな〜と思ってそれまではまったり作業しようと踏んで居たらなんと高萩からもう隣が来たorz
頭上のランプが黄色表示になってなかったから油断してたよ。てかそこまで混んでないのに何でピンポイントで自分の隣を指定してくるかな?(>_<)
高萩の段階でまだランプが赤だったから直前に買ったんでしょうね。隣が来たらもう何もできないので寝るしかなかった(´・ω・`)
行きの新幹線と言い、優等列車は混んでるもんですなぁ。さすがは師走。旅気分になり切れないのが平日の寂しさですな。

早めに寝てしまったので水戸を出た記憶すら無いまま気づいたらもう松戸辺り。江戸川を渡って都内に入る頃でした。
列車は順調に走行し上野へ。上野の手前でホームの非常ボタンが押されたとかで少し止まったけど大勢に影響は無く6分遅れで東京駅に到着。

東京からは内房線の特急に乗りかえ。

そして終点で各駅に乗り換えて地元まで。19時過ぎには帰宅し翌日に備えて休んだのでした。

こんな感じで、久々にのんびり旅気分を味わえた休日のお話はおしまい。最近旅に出てなかったので久々にいい気分転換になりました。
東北の被災地の現状を見ると胸が痛くなりますが、ここに生きた人々の暮らしがいつの日か元に戻ってくる時を願ってやみません。

*1:現在いわき〜仙台間は休止中の特急ひたち号が復活したとしてもこの辺りは通過でしょうね。